東京高等裁判所 昭和52年(行コ)49号 判決 1978年4月11日
控訴人
吉永多賀誠
右訴訟代理人
大崎康博
被控訴人
麹町税務署長
岸本基
右指定代理人
押切瞳
外三名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し昭和四九年一二月二〇日付でした昭和四六年分、昭和四七年分及び昭和四八年分の各所得税更正処分(但し昭和四七年分については総所得金額六七九万〇、六三八円を超える部分)並びに各過少申告税賦課決定を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上及び法律上の主張並びに証拠関係は、左記のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
一、控訴人の主張
1 青色申告に係る所得税について更正をする場合には、単に更正すべき勘定科目とその金額を示すだけでなく、そのように更正した根拠を相手方において具体的に知り得る程度に記載しなければならないことは、すでに、確立された判例である(たとえば、昭和三八年五月三一日第二小法廷判決、民集一七巻四号六一七頁、昭和四七年一二月五日第三小法廷判決、民集二六巻一〇号一七九五頁参照)。しかるに、本件各更正処分の通知書には、ただ日当の必要経費性を否認する結論が示されているにとどまり、何故に日当を必要経費と認め得ないかその理由が具体的に記載されていないのであるから、本件各更正処分は、違法である。
2 所得税法にいう事業所得とは、収入を得るために経費を必要とし、かつ、自己の危険と計算において継続的に経営される事業からその取引の都度生ずる対価であることを必須の要件とするものであり、また、給与所得とは、その取引以前に存在する雇用、請負、委任等の労務供給に関する法律関係にもとづいて、定時に定額で支払われる固定給与に係る所得をいう。したがつて、事業所得と給与所得との区別は、所得の生ずる労務の提供が自己の計算と危険において独立性をもつてなされるかどうかの点にあるのではなく、むしろ、所得を得るために経費を必要とするかどうかの点にあるものというべきである。弁護士の顧問料は、継続的な顧問契約にもとづいて提供した労務に対し相手方から支払われる定期、定額の報酬であつて、これを得るのに必要経費を必要としないものであるから、給与所得であつて、事業所得には該当しない。
3 弁護士の日当は、旅行中の食事代、自動車賃、電話料、新聞代等の雑費に充てられるものであつて、その性質は実費弁償金であり、所得税法にいう「事業所得に係る総収入」に当らない。
仮りに、日当が収入に該当するとしても、その支出について記帳、整理、保存等をするには、支出金に比して不相当な負担を強いられることとなるのであるから、社会通念に照らし、個々の支出の証明を待つまでもなく、当然に必要経費に算入すべきである。
二、被控訴人の主張
日当が控訴人主張のとおり出張中の食事代や自動車賃等にあてられるものであるとしても、そのことが日当を事業所得の総収入金額に加算することの支障となるものではなく、その中から実際に必要経費として支出されたものについて控除を認めれば足りるのである。なお、控訴人が日当から支出したものとして主張する食事代等は、通常業務の遂行上直接必要であるとはいえず、事業所得に係る総収入金額から控除さるべき必要経費とはいえない。
三、控訴人は、当審における控訴本人尋問の結果を援用した。
理由
控訴人は、所得税青色申告の承認を受けた弁護士であるが、青色申告書により、昭和四六年分の所得につき給与所得一五三万七、五五〇円、事業所得九三万五、一〇〇円(合計所得金額二四七万二、六五〇円)、還付金額四二万八二九円と、昭和四七年分の所得につき給与所得一一八万一、六〇〇円、事業所得五一八万三、六三八円(合計所得金額六三六万五、二三八円)、税額三一万三、六〇〇円と、また、昭和四八年分の所得につき給与所得一〇三万三、八五〇円、事業所得三八五万一、二五七円(合計所得金額四八八万五、一〇七円)、還付金額六一万三、一七七円と確定申告したところ、被告麹町税務署長は、昭和四九年一二月二〇日をもつて、昭和四六年分につき給与所得金額を零、事業所得金額を三一一万三、四三二円(合計所得金額を三一一万三、四三二円)、還付金額を二八万四、二〇四円と、昭和四七年分の所得につき給与所得金額を零、事業所得金額を七二八万五、七〇二円(合計所得金額を七二八万五、七〇二円)、税額を六九万五、八〇〇円と、また、昭和四八年分の所得につき給与所得金額を一万八〇〇円、事業所得金額を五三〇万一、二五三円(合計所得金額を五三一万二、〇五三円)、還付金額を四七万三、七一七円と各更正するとともに、昭和四六年分の所得につき過少申告加算税額六、八〇〇円を、昭和四七年分の所得につき過少申告加算税額一万九、一〇〇円を、また、昭和四八年分の所得につき過少申告加算税額六、九〇〇円をそれぞれ賦課したことは、当事者間に争いがない。
(一) そこで、まず、理由附記の問題について判断する。
本件各更正処分の通知書に、更正の理由として、原判決末尾添付(一)、(二)表のような更正に係る各旅費、日当、宿泊費の内訳を明記した別表を添付したうえで、「(2)旅費、日当、宿泊費として支給されたものについて、事件経費帳を調査した結果、収入計上もれがありましたので、」(但し、そのうちの大日本機械工業株式会社((後にゼノア株式会社と改称))の日当については、「申告ずみ」の注記がなされている。)「収入金に加算します。(3)上記(2)に掲げる旅費、日当、宿泊費のうち旅費、宿泊費については、旅費交通費として容認します。」と、なお、昭和四七年分の更正処分の通知書には「(4)収入帳を調査した結果、四月二五日宇都宮回漕店より事件報酬額と相殺された四二万五、四〇〇円について、収入計上もれとなつていますので、収入金として加算します。」との記載がなされていることは、当事者間に争いがない。
ところで、控訴人引用に係る最高裁判所の一連の判決が、青色申告の更正の理由附記につき、特に、帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を指示して更正の具体的根拠を明らかにすることを必要とする旨を判示しているのは、青色申告の制度が納税者に対し、一定の帳簿書類の備付け、記帳を義務付ける反面、その記帳を無視して更正されることがない旨を保障しているのに由来するものであること、その説示理由に徴して疑いを容れないところである。
しかして、<証拠>によれば、控訴人は、依頼者から受領する旅費、日当、宿泊費は所得の計算に関係がないものと考え、然らざる性質の金銭と区別して、「受任事件金銭出納簿」(前記「事件経費帳」は、この出納簿のことを指す。)にその収支を記帳し、且つ、所得として申告しない建前をとつてきたが、日当の一部については、支給した会社においてさきに源泉徴収を行なつていたところから、その事実を明らかにするため、かかる日当に限り、前記「受任事件金銭出納簿」と区別された「事業収支帳」に記帳し、事業所得として申告したことを認めるのに十分であり、なお、昭和四七年分の所得につき宇都宮回漕店から受領した日当四二万五、四〇〇円について計上もれがあつたことは、控訴人の認めて争わないところである。
右認定の事実によつて明らかなごとく、本件各更正処分は、控訴人の帳簿の記載を無視し他の資料に基づいてなされたというわけではなく、ただ、申告もれの旅費、日当、宿泊費については、控訴人提出に係る帳簿の記載に基づき、その記載の各金額を事業所得の収入金額に前記別表のとおり加算し、そのうちの旅費と宿泊費の金額を必要経費に算入したにとどまり、しかも、各通知書に附記された前記(2)及び(3)の記載を併わせて読めば、右のような更正の行なわれた理由が自ら明らかである。もつとも、これら(2)及び(3)の記載においても、日当が事業所得に該当し、しかも、税額の計算上その全額が当然必要経費として控除されないことの理由が説示されていないことは、否定し得ないところである。しかし、弁護士が依頼者から受領する日当が何故に事業所得の総収入金額に該当し、しかも、全額当然に必要経費として控除されないのかという点は、単なる法解釈の問題であつて、帳簿の記載によつてその存在の担保されるような事実に関する問題ではなく、しかも、かかる理由を説示することは、税務署員に事務の煩瑣と過重を強いる結果となるので、法は、毎年回帰的に限られた期間内に、しかも、大量の事務を処理しなければならない更正処分については、そこまで要求しているものとは到底解されず、したがつて、本件各更正処分の通知書の理由附記には欠けるところはないものといわざるを得ない。
(二) 次に、顧問料の問題について判断する。
控訴人は、弁護士が顧問会社から受領する顧問料は、継続的な顧問契約に基づき定期に定額の支給を受けるものであり、しかも、その収入を得るために格別の経費を必要としないばかりでなく、危険負担もないのであるから、給与所得であつて事業所得ではない、と主張する。
ところで、所得税法二七条は、「①事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売業、小売業、サービス業その他の事業で政令で定めるものから生ずる所得(山林所得又は譲渡所得に該当するものを除く。)をいう。②事業所得の金額は、その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする。」と規定し、また、同法二八条は、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費、年金(過去の勤務に基づき使用者であつた者から支給されるものに限る。)、恩給(一時恩給を除く。)及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう。②給与所得の金額は、その年中の給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額とする。」と規定している。そして、事業所得にいう事業とは、自己の計算と危険において(いいかえれば、独立性をもつて)継続的に行なわれる営利活動のことであり、弁護士業務がここにいう事業に該当することは明らかである(所得税法二七条一項及び同法施行令六三条一二号参照)が、或る具体的な経済活動が事業に属するものであるかどうかを判定する基準は、必らずしも、明確ではなく、他方、給与所得が雇用契約又はそれに準ずる関係から生ずる所得であり、そして、雇用契約の特質が使用者の指揮命令に従つて(いいかえれば、従属的に)労務の提供がなされる点にあることも明らかであるが、或る具体的な労務の提供が独立してなされるものであるかどうかを判定する基準もまた、必らずしも、明確でないばかりでなく、雇用契約又はそれに準ずる関係から生ずる所得のすべてが給与所得となるわけではなく、職務の遂行に直接必要な給付のごときは、給与所得に含まれず、(同法九条一項四号、五号参照)さらに、当該所得が定時に定額で生ずるかどうかとか、それを得るために経費を必要とするかどうかというようなことも、当事者の定める契約内容の如何によつて多分に左右されるところであるから、事業所得と給与所得とを区別する絶対的な基準とはなり得ない。かようにみてくると、当該所得が事業所得に該当するか給与所得に該当するかは、単に、所得の生ずる労務の提供が、自己の計算と危険においてなされるか、それとも、所得を支給する者の指揮命令の下になされるかということのみによつては決定することができず、窮極的には、法が所得を事業所得、給与所得等に分類しているのは、所得がその源泉ないし性質によつて担税力を異にするため、所得の種類に応じた課税を行なうことにより租税負担の公平を期せんとすることにあるのであるから、法のかかる趣旨、目的に照らして決定するよりほかないものというべきである。
いま、本件についてこれをみるのに、控訴人が顧問会社から受領していた顧問料の内訳は、原判決添付表(一)―これをここに引用する―記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。また、<証拠>によれば、控訴人は、本件係争年度当時、事務所を設けて弁護士業務を営み、依頼事件を処理するほか、一般の依頼者と同様の立場にある顧問会社数社と顧問契約を結び、特定の会社のために常時専従する等格別の支配、拘束を受けることなく、会社から相談を受ける都度、自己の事務所において多くは電話で法律上の助言という労務の提供をしていたこと、その回数も、会社が特別の問題をかかえている場合は別であるが、普通は月に一回位いで、会社によつては二年に一回というところもあつたことを認めるのに十分であり、右認定の妨げとなる証拠はない。そして、これら認定の諸事実を総合考較すれば、本件各顧問料は、定期に概ね定額で支払われていたとはいえ、控訴人の顧問活動が専業として又は主たる業務として営まれていたわけではなく、前示のごとき規模、態容等であつたことからみて、本来の弁護士業務の一環として行なわれていたものといわざるを得ず、法が所得を分類し、その種類に応じた課税を行なわんとする趣旨、目的に照らせば、所得税法上は、なお、給与所得ではなくして事業所得であると認めるのが相当である。
それ故、被控訴人が本件各顧問料の給与所得性を否認し、これを事業所得と認定して本件各更正処分を行なつたことは、正当であつて、そこに所論の違法はないものというべきである。
(三) 最後に、日当の問題について判断する。
控訴人は、まず、本件各旅費、日当及び宿泊費を総収入金額に加算したことが違法である、と主張する。しかし、そのうち旅費及び宿泊費の全額が必要経費に算入されていることは、冒頭認定のとおりであるから、控訴人の右の主張は、旅費及び宿泊費に関する限り、判断の必要がないものというべきである。
ところで、控訴人が弁護士として依頼者から受領した日当は、<証拠>に徴して明らかなごとく、事件受任の時に取り決めた報酬とは別に、事件出張の際、予め、依頼者から旅費、宿泊費とともに支払われる金銭であり、その中から旅費、宿泊費に含まれていない出張中の少額の諸雑費の支出されることが予定されているので、その限りにおいて、日当が、一面、必要経費としての性質を有していることを否定し得ないが、他面、相当長期にわたり事務所を離れて当該事件のために拘束されることに対する報酬としての性質を有することも明らかである。したがつて、給与所得者の出張費(但し、その旅行について通常必要と認められるものに限られる。)のごとく非課税所得とする旨の特別の規定(所得税法九条一項四号)の存しない現行法の下においては、所論のように、それが所得税法二七条二項の「総収入金額」に該当しないといえないばかりでなく、使途の明確な旅費、宿泊費のごとく、その全額を当然に必要経費と認定することも、また、許されないといわなければならない。
もとより、弁護士の日当の前記性質からみて、そこから支出された必要経費の部分は、税額の計算上控除されるべきこというまでもないが、或る支出が必要経費として控除されうるためには、客観的にみて、それが業務と直接関係をもち、且つ、業務の遂行上必要な支出でなければならない。しかるに、この点について控訴人の主張するところは、単に、本件各日当が出張先の最寄駅から裁判所までの自動車賃等出張中の諸雑費に悉く費消されたというにとどまり、各費目毎の具体的な支出年月日、支出先、支出金額等が明確にされておらず、また、それをうかがうに足りる帳簿上の記載もない――控訴人は、かかる具体的事項を明確にすることは事の性質上不可能であると強弁するが、かかる主張は、採用の限りでない。――ので、仮りに本件各日当の全額が出張中の諸雑費に費消されたとしても、客観的にみて、それが控訴人の弁護士業務と直接関係をもち、且つ、業務の遂行上必要な支出であつたかどうかを認定するに由ないので、控訴人の右の主張は、排斥するほかはない。
それ故、被控訴人が本件各日当を事業所得の総収入金額に加算し、しかも、必要経費として控除しなかつたことは、相当であつて、そこに所論の違法はないものといわざるを得ない。《以下、省略》
(渡部吉隆 渡辺忠之 柳沢千昭)